最終更新日 2002/07/03
参考書籍 |
![]() 新発田出身の中山安兵衛が、堀部安兵衛として忠臣蔵に係わることになってゆく物語です。 |
![]() 上下2巻にわたり赤穂浪士のメンバーを一人づつとりあげてゆく短編集です。堀部安兵衛は1巻の第一話で、続く第二話は養父弥兵衛の話になります。 |
![]() 本当に吉良が、普通言われているような悪い人物だったのか検証する時代ミステリー小説です。この作品は井沢さんの傑作のひとつでしょう! |
![]() 名参謀として堀部安兵衛がとりあげられています。簡潔で、まとまっていて、理解しやすい一冊です。 童門氏らしく、直江兼続にも触れています。 |
どうして新発田の者が赤穂藩に?! |
安兵衛の父中山弥次右衛門は、新発田藩五万石溝口信濃守の家来で、待遇は二百石でした。武士の世なら大名になってもおかしくないような豪儀な人物であったといいます。しかしながら、次世代の溝口家の主人とは折り合わず、ついには失脚の罠に落ち自害し果ててしまいます。その後、お家は取り潰しとなり、息子中山安兵衛は、江戸や京都に流れて波乱な人生を送ります(14歳)。 25歳の時、江戸高田馬場での決闘で一躍人気を博します。その活躍が赤穂藩の堀部弥兵衛の目に止まり、くどかれて養子となり「堀部安兵衛」が誕生します。 あとは皆さんご存知の通りです。最期は、松平屋敷の縁側で、死装束を身にまとい白布におおわれた切腹の座につくわけですね(34歳)。 |
高田馬場の決闘とは?! |
もともとは二人の人物のお家騒動でしたが、ひょんなことから火がつき、双方引くにひけぬまま決闘になってゆきます。一方は菅野六郎左衛門で、安兵衛が世話になっていた人物です。もう一方は村上三郎右衛門で、この人物に安兵衛の婚約者伊左子は殺されたりします。ついには決闘となり、安兵衛は5人を切り伏せ、剣士中津川祐見を倒します。その活躍が人々の共感を呼び、一瞬にして時の人となるのです。 |
米沢上杉家と吉良 | |
本サイトの「天と地と」の最後、米沢上杉家が15万石に削られた理由について 吉良の妻は先代藩主上杉定勝のむすめ富子で、富子は憲勝の妹に当たります。ある時、若くして後継ぎなしで藩主上杉綱勝が急死し、米沢上杉家は30万石から一気に家名断絶の危機にさらされます。この時、吉良の手回しにより上杉家は15万石に減らされたものの、家名が絶えることはまぬがれます。 その後、吉良は上杉家の家老・千阪兵部と結び、実子三郎を上杉の藩主にします。それが上杉綱憲です。つまり、吉良は上杉藩主の父親という位置にいることになるわけです。 このため吉良を上杉家が警護することになり、赤穂浪士達は手がだしにくくなるわけですね。 しかし藩主綱勝の急死(変死)の原因は、綱勝が吉良邸に招かれ、御馳走となった帰途、籠の中で吐血ののちの7日後におこることから、吉良の毒殺説が囁かれ、上杉家家中としては吉良のことをこころよく思ってなかったといいます。 |