実は平泉寺の名物は苔です。
名物というより、森も本殿も鳥居も苔の
付属品ではないかと思うほど苔の景色が
見事なのです。

焼き討ちから10年後、平泉寺の学僧
だった顕海が灰になった平泉寺に戻り、
顕聖院を建てました。江戸期になると、
上野の寛永寺の系列に入ることができ
ました。寛永寺は上方に対抗して「東叡山」
と呼ばれていたわけですから、もともと
比叡山末だった平泉寺はまたまた所属変更
です。


芝ではないですよ、苔だけで一面が
こんな風にグリーンなのです。
こんな景色、他にありましたっけ?

木漏れ日が苔を育てるのでしょうか?
この苔は「叡山苔」と言いますが、学名
ではないでしょう。

白山信仰など一切信じない門徒に囲まれる
中、平泉寺は杉と苔を守り現在まで生き続
け、宗教的な対立が完全になくなった現在
においては、貴重な自然美として私たちの
目を楽しませてくれます。

う〜ん、見事。
平泉寺白山神社の木漏れ日と苔と杉です。


参道の石段の脇にも苔がびっしり。
なんという美しい景色でしょう。

この景色を後にさっきから気になっている
天守閣と五重塔に向かいます。

実はこの風景を、後でもっとゆっくり
見ておけばよかったと思うことになる
のですが、この時点では五重塔と天守閣に対
して期待に胸を膨らませていたのでした。


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