最終更新日 2002/10/13
参考書籍 |
![]() 山岡壮八著『越後騒動』 光文社時代小説文庫 越後の小出出身の山岡荘八氏の「越後騒動」ですが、物語の舞台殆どは江戸です。主人公の町奴の関根弥次郎、芸の壁に直面している歌舞伎役者市川段十郎、男装の美女剣士佐々木留伊、女形役者中村七三郎、由井小雪に託された紀州公のせがれなどが活躍するアクション時代小説です。 この物語は越後高田藩25万5千石に発生した御家騒動です。 |
越後守光長と騒動 |
光長は徳川家康の二男秀康の孫で、三河守忠直が父という徳川名家の当主です。つまり、秀忠、水戸、尾張、紀州の御三家にとっても、兄に当たる家柄なのです。しかしながら禄高も少なく、官位も低いので、家中では、御三家並に振舞うべきという一派と、藩の財政を縮小させようという一派に分かれます。 光長の父忠直は乱行により石高を25万石に減らされますが、治めなければならない領地は70万石もあり、藩の財政は窮地に立たされてしまいます。(初代藩主忠輝時は75万石) |
小栗美作 |
越後騒動は、小栗美作派と永見大蔵長良派と二派に割れることにより起こるのですが、小栗美作は「逆意の方」と呼ばれ悪人のレッテルを貼られます。尚、永見は(「御為の方」)。 小栗は高田地震の救援や復興、直江津港の改修、用水や新田やたばこ栽培など大穀倉地帯化など尽力する、実はすぐれた政治家でもあったのです。しかしそれら繁栄政策が越後騒動を招いたのかもしれません。 |
越後家 |
結局越後家は、綱吉の時代に家事取締り不行き届きということで取り潰し(!)となってしまい光長は伊予松山に配流となります。小栗美作は切腹、永見大蔵は八丈島へ流刑です。
高田藩はこの後、勤番時代が4年続き稲葉正通、戸田忠真が藩主をつとめ、松平、榊原と替わり幕末を迎えます。 |