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![]() の神社です。越後が弥彦の国という場合、信 州は諏訪の国と言います。 諏訪大社は、諏訪湖をはさみ上社(本宮、前 宮)下社(春宮、秋宮)と分かれています。 祭神の建御名方神は大国主の命の次男で、国 譲りの際にタケミカヅチとの勝負に敗れ、信 濃の諏訪湖まで逃げ、恭順します。必至に命 乞いし、今後一切諏訪を出ないことを条件に 許してもらっています。 これはにわかに信じがたいですが、越後の 奴奈川姫像の足にしがみついている子供の像 は建御名方であるというのです。確かに大国 主のせがれであれば、妻であった奴奈川姫の 子であっておかしくはありません。越後の青 梅から諏訪までは、南下すればたどりつける わけですが・・・ |
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法華寺と織田信長のこと 法華寺は本宮に隣接した寺院で、信長は信玄の子の勝頼討伐のために諏訪に入り、 ここを本営とします。そして勝頼を追い詰め自害させます。また本宮を焼き討ち したり、恵林寺では150人の僧を寺ごと生きたまま火あぶりにしています。 このとき焼かれた僧の快川は「心頭を滅却すれば火もまた涼し」というのちに有 名となった言葉を残します。 そして法華寺では、論功行賞で皆が集まっているときに明智光秀が「知恵をしぼ り、勇気を振るって骨を折ったかいがあった」と述懐したのを偶然きいた信長は 「おのれがいつどこで骨を折り、武辺を働いたか」と怒り、高欄の欄干に光秀の 頭を離しては打ち続けるという恐怖と屈辱を与えます。そして、このあとすぐに 本能寺の変が起きるのです。 (司馬遼太郎著「国盗り物語4」) |
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![]() ![]() ![]() ![]() 長野県諏訪市中州宮山一 |