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![]() の御祭神は、湍津姫命です。 すぐ付近に滝があり、滝不動像がありま す。不動像があるのは、明治まで神仏が 一緒であったことによります。 |
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![]() 中、この神社で休んだと言われていま す。その際、弁慶が大きな筆で「観潮 閣」と大書して、社頭にかかげたと言 われています。その時岩を硯として使 用したと言い伝えられています(「弁 慶の硯水」)。この神社に義経一行が 訪れたきっかけは、朝日村で一行が一 泊した時に、義経の夢枕に能登国の伊 須流岐(石動)の神が立ち、瀬波から 海沿いの道を北へ目指せと言ったから だそうです。さっそく一行は三面川を 船で下るわけですが、この神社はその 河口にあるのです。社内には義経一行 のような絵がありました。 |
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芭蕉は村上で宿泊した際に、瀬波まで連れていってもらっています。 その理由が明らかではないわけですが、曾良の神名町に「多岐」が載っています。 芭蕉は義経ゆかりの地をことさら選んで行っています。 なぜ芭蕉は瀬波に寄ったのか・・・義経逃避行逆ルート説にまた一歩近づきました。 |
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![]() 村上市 |