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いよいよ永平寺にやって参りました。
この永平寺は道元禅師によって開かれた修行道場です。

「街道をゆく18越前の諸道」によると、道元の弟子義介が道元の死後、
道元の意に反し、中国式の大伽藍主義をとり、教団存在を顕示したようです。
そこで、同じく道元の弟子の義演がこれを攻撃し、争闘の末、義演が勝
つのですが、この騒動で曹洞宗は「騒動宗」などと言われつつ、永平寺は
大型化してしまうのです。
しかしこの争闘で永平寺は荒れ、その後法系も絶え、「正法眼蔵」すら
散逸したりします。

義介にしてみれば道元の教義では、教団を維持できないという、現実的な
見方があったのでしょう。浄土真宗の場合を再考したくなる話です。

永平寺の周囲にはお土産屋で形成する商店街があり、買い物を前提に駐車
場を貸してくれます。私はそのうちの一店に入り駐車させてもらいました。



入場料は券売機で買い求めます。
大挙押しかける観光客をさばくには
もはやこれしかないのでしょう。

すぐ近くにATMやポストなどもあります。


入場するとまず現れるのが傘松閣(きんしょうかく)で、
鉄筋コンクリート造のエレベーター付建築物です。

この傘松閣は平成六年に改築された、研修・宿泊施設で、
入り口にでは数珠などの販売コーナーもあります。

ここで瓦修理の寄付をすると、数珠や、禅に関するパンフ
をもらえます。



二階に上がると「絵天井の大広間」があります。

230枚の花や鳥の絵が豪華絢爛に迎えてくれます。
それにしてもすごい装飾です。これは昭和にはいって
からの装飾です。

道元は「末世の愚人、いたづらに堂閣の結構につかるる
ことなかれ」と言いました。
しかし、わずか永平寺3世の時に義介が末世の愚人に
なってしまったと司馬さんは考察していたことを思い出し
ます。





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