親鸞

聖人
しんらんしょうにん
         じょうりくのち
上陸の地
最終更新日 2002/04/03

親鸞は専修念仏の禁止という名目により、
越後に流罪となりますが、
具体的には越後の国の国府があった
この上越に船で流されました。
その後順徳院や日蓮が佐渡に流罪となりますが、
この親鸞流罪より後の話です。

親鸞が越後で過した年月は1207年〜1214年、
35歳〜42歳の頃の話です。

そして越後最後の4年間、婚姻生活を送ります。
相手は9歳年下の恵信尼でした。

見真堂です。
実は八角形の建物で、
中にも親鸞像があります。

上越市五智
 越後の歴史探訪観光案内所