えちご
        ふ
最終更新日 2002/04/06

戊辰戦争後約一年余り、ここ水原が県政の中心となった
時代がありました。
はじめは越後府と言い、
途中で水原県と改称されました。

廃藩置県後、新潟は水原県、柏崎県、佐渡県の
三つに分割されます。その後水原県庁は新潟に移されます。

水原が県政の中心に選ばれた理由は、かつて天領だった
ということはもちろん、財閥(豪農・市島氏)
の力があったと言われています。現にこの地は
市島氏の別邸があり、戊辰戦争時には会津藩の本営でした。

この越後府の詳細については、水原代官所隣の
水原町ふるさと農業歴史資料館内に
模型などと共に解説されています。

現地案内板によると、
矢倉はこの「○」の部分です。

水原町中央町の国道沿い、天朝山公園内

 越後の歴史探訪観光案内所