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 長
ながおか
    じょう
最終更新日 2002/04/27


長岡城の完成は、牧野家初代城主忠成のときです。

幕末に長岡は戊辰戦争(北越戦争)の戦場となります。
長岡藩家老の河井継之助は、最後の最後まで戦争を防ぐ手立てを講じますが、
倒幕軍に聞き入れてもらえず、むなしく開戦となります。

とくにこの長岡城付近は激戦区となりました。

悠久山に複製された長岡城の中は郷土資料館です。
館内には河井継之助はもちろん、山本五十六や、
「米百俵」の小林虎三郎の展示コーナーもあります。

写真:パンフレット

ガトリング砲のレプリカが、この長岡城にあります。
(只見の河井継之助記念館にもあります。)

このガトリング砲はアメリカ製で、
日本国内に全部で3門ありましたが、
そのうち2門を河井継之助が入手したことで有名です。
(のこりの1門は薩摩藩)

なにしろ1分間に150〜200発発射できる
回転連射式機関砲ですので、
落城のときに、敵に渡ることを恐れ
水に沈めたと言いますが、その場所は分かっていません。


長岡市悠久山公園内


昭和43年に復元された上記長岡城
(郷土資料館)は、悠久山にありますが、
もともとは随分離れた、
今のJR長岡駅のあるところに本丸が、
厚生会館のところに二ノ丸が
あったのです。
駅の周囲には堀も残っています。


現在でも二ノ丸跡の碑があります。


長岡駅前、厚生会館敷地内

 

越後の歴史探訪観光案内所